ビジネスマン一歩先へ

「後で考えよう・・・」と言って、まともに考えたことって何回あっただろう・・・・

コーチングをしていると最後に、未来につなげるための小さな行動を探します。
で、この小さな行動を探すことをしていると、中には小さな行動を見つけるのが
得意な人もいれば、とても苦手な人がいます。

で、この違いってなんだろうな・・・と思って色々考えていたのですが
小さな行動が見つけやすい人の特徴はだいたいこんなものでした。

  • 目標に向けて本当に小さな行動を選択している
  • 小ささのレベルは、本当に失敗がしようのない、小さなレベル
  • 時間なら、どんなに長くても5分とかでできるレベル
  • やることがはっきりしていて、誰がやってもできる

で、小さな行動が確実にできた人は、おおよそ次のレベルの行動に勝手に走って行ったりします。

で、この小さな行動が探すのが苦手な人のケースはまさにこの逆で

  • 目標に向けてやや大きめで漠然とした行動を選択している
  • 大きさのレベルは、手順が2〜3個以上の複合的な要素が絡んでいる
  • 時間なら、1週間とか1ヶ月とか猶予を置きたくなるもの
  • 間違いなくできるかと言われると、やや意志の力を必要とするケースが多い
  • やることが漠然していて、人によって行動の内容が変わる場合がある

で、小さな行動で設定したはずのことになかなか踏み出せていなかったりします。

『片付けて!』と言われても何をどうしたらいいかわからない!

こんなことを考えていたら、先日、長男と母親のやり取りが耳に入りました。

母「何度言ったら片付けるの!あれもこれも片付けていないじゃない!」
子「僕は、○○を片付けたよ」
母「いちいち、言わないとできない?」
子「『「片付けて!』と言われても何をどうしたらいいかわからないよ!」

まぁ、どこにでもあるやり取りなのですが、
面白かったのが、母親がいう「片付け」のイメージと子供が思っている「片付け」の
イメージがあっていないんですね。

だから、子供は片付けたつもりなんだけど、
母親からしたら、自分が思っている片付けのイメージにあっていない。
だから怒るわけです。

で、これを聞いていて、
そりゃ自分が思っている片付けのイメージを伝えていない母親
自分のイメージとあっているか確認しない子供それぞれに問題があるな
なんて思ったのですが、
実は「片付ける」は、人によってイメージが違うものですね。

「食器を片付ける」としてみても
人によっては、食器を洗うことをイメージする人もいるかもしれないし
食器を洗ってフキンで拭いて、食器棚にしまうまでをイメージする人も
いるかもしれないですし、
場合によっては、割れてしまった食器をゴミ袋に入れて捨てることをイメージする人もいるかもしれない。

だから、片付けるというのは、より抽象度の高い、動詞の集合体のような動詞のような気がするわけです。

いま、赤字をつけた動詞
「洗う」「拭く」「入れる」「捨てる」
などであればより一個の動作がクリアなわけですね。
(それでも人によってイメージは違いますが、この場は一回おいておきます。)

だから、コーチングなどで小さな行動を出す時は
実はこのレベルの行動でないと「行動するときの自分」と「小さな行動を考えている自分」で
イメージが違って行動ができなくなる、しにくくなるのではないかと思ったわけです。

そういう意味では、より具体性が高い動詞を使うのが一つのコツなのかもしれません。

動詞は体を使う動詞が有効

それから、頭の中の動詞は、意外と行動に結びつきません。
例えば
「考える」「思い出す」「覚える」「思いやる」
これら、体を使わずに頭のなかで済ますことができる行動は
実は、やってもやらなくても他人から見ればわからないですし
行動を移すタイミングを失いやすい傾向があります。

だから、出来る限り「体を使う動詞」に置き換えた方がいいでしょう。

「考える」→「紙に書く」
「思い出す」→「「列挙する」」「手帳を開く」
「覚える」→「10回書く」「声に出して読む」「カレンダーに書き込む」
「思いやる」→「相手の次に必要なものを用意する」「声をかける」

などなど

で、先ほどの抽象度の高い行動と、見えない行動の複合なのが
「探す」「見る」「調べる」ですね。

これらも置き換えてみることをおすすめします。
「探す」→どこを、どれくらい
「見る」→何を? どうなったら見たと言えるのか?
「調べる」→「googleで検索する」「辞書をひく」「○人にヒアリングする」

まとめと気づき

で、ここまで書いてふと思ったのですが
いずれにしても、その行動がどこまで言ったら終わり(一段落)なのか
「やった」と言えるのかというのが肝にも思えます。

具体的な行動:「やった」と言いやすい

抽象的な行動/頭の中の行動:「やった」と言いにくい
→どこまですれば、やったと言えるかセットにする

ちょっとしたことですが、こんなことで行動や結果が変わってきます。
自分がこれをやろうと思った瞬間にちょっと自分が遣っている動詞に意識を
向けてみてください。

その行動は、「やった」と言いやすい動詞が使われていますか?


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