ずっと考えてきた問題ではあるんですがね…

コーチングは、クライアントさんとのセッションを通して、クライアントさんの可能性に光をあてて、そこに向かって行動していくことを応援します。

その過程で、挫けそうになる心に、大丈夫だよ!できるよ!ってことを客観的にお伝えしていくのですが、ややもするとこれは依存関係を生まないか?
応援してくれて心地いいけど、コーチングなしには、一歩も踏み出せなくなるという依存体質になりはしないか?と考えたことがあります。

まぁね、それだったら、麻薬売ったり依存性のある代物売っているのとおんなじになってしまうのですが…

で、はからずも先日知り合いの方とメッセのやりとり知ていて、そんなお話になったわけでして
あらためて、そのことを考えて見たわけです。

全承認の上司時代に起きたこと

ま、これは褒める/叱ると、認めるの違いなんだと思うのですがね。

よく言うところの褒める/叱るは必ずしもよくないよというお話をを思い出したわけです。

褒める/叱るの評価基準を持ち出して、部下を褒めたり/叱ったりすると、上司そのものが物差しになるわけです。
そして、いつも上司の顔色や、判断を仰ぐことになる。で、その上司がいる時はうまくいくこともあるのですが、その上司がいないときや、異動になると、また元に戻るわけです。何しろ物差しが外にあって、その物差しがなくなったわけですから。

これは、日常でも起きていて、親がいない間にはテレビやゲームをしないけど、親がいなくなった瞬間、こっそりテレビやゲームを始めるのに似ています。
ま、そりゃそうだ。テレビみたいし、ゲームしたいけど、禁止されたりしたら、見えるところだけ守ればいいや!となるわけです。

ではどうしたらいいか?と思った時に、昔の素敵な上司の顔を思い出しました。

その素敵な上司は、全承認してくれるわけですね。
私が頑張ってること、考えていること。
そして

「いいよ、やってみなよ」

という。

そうするとチャレンジするし、その人に報告したくなるんですね。
まさに「お母さん見て見て、ぼくできたよ!頑張ったよ!」の世界と同じことが起きるわけです。

そうなると、お母さんいないと、できないんじゃないの?
と思うんですが、子供の成長を思い起こしてください。

こどもは、最初は見てて!できたよ!
なんだけど、安心しているからこそ、いろんなことにチャレンジしていくわけです。
そして、そのうち、どこかにぴゅーって、飛んでいって楽しいに没頭する。そして、ある時から戻って来なくなる。
で、傷ついた時にだけ戻ってきて、エネルギー充電して、またピューっていなくなる。

で、このエネルギー充電の間隔が段々大きくなっていくんですね。

今思うと私も、その素敵上司がいた時、最初は見て見て!って感じだったのが、段々それを言わずとも、歩んでいけるようになったのを覚えています。

コーチングは、一人で歩いていけるようになるためのエネルギー補給所

そして、当初のお話の、コーチングと依存の関係に戻ってくるんですが、
コーチングでは基本的に、前出の私の上司や、お母さんの役割をしていると思っているわけです。

私のように素敵上司に出会えれば、めっけもんですが、世の中の上司全員がそういうわけではない。

それに、大人になって、「おかあさん見て見て!」もなかろうってものです。
下手したら、お母さんも、そんな大人になった我が子が「見て!できたよ!」だとびっくりするかも。

そうした機能の一部を担っているのがコーチングだと思っています。

ただね、今の大人は結構寂しんですよ。
いかつい顔をしているあの上司も!(笑)

だから、全部OKって言われると、寂しさを埋め合わせられる感じがしちゃう。

でも、そこは、子供と同じ。
安心できるからチャレンジできる、チャレンジが楽しくなってくる。
ピューッとどこかに飛んでいく。時々充電しにくる。そしてまたピューッと飛んでいく。
この繰り返しをしながら、段々離れていくんだと思います。

親離れしていく子供を見守る気分ですね(泣)(←依存体質?(笑))

で、ここまで考えてフッと、アドラーの幸福の3条件を頭を過ぎったわけです。

  • 自分が好き
  • 人は信頼できる
  • 貢献できる

依存している時って、この自分が好きとか、人は信頼できるとか、そういうのが圧倒的に不足してるんじゃないかと思ったわけです。
そして、自分を好きになる手段も間違ってしまっている。

自分が好きになるための答えを相手に求めてるんじゃないか?

相手に言ってもらうことで、相手が言ってくれるから、自分が好き。

相手が言ってくれないから、自分を嫌いになる。

今まで言ってくれていた相手が、自分をいいと言ってくれなくなったから、相手に不満をもつ。

 

そうじゃないよねって。

相手がなんと言おうと、自分は自分。
いいとこも悪いとこも。

だから、コーチングでは、客観的にできていること、頑張っていることは言うけれども、
いいとか、悪いとかは言わない。
自分で自分を認めてあげる作業のお手伝いをしているわけです。

自分は、いいも悪いもひっくるめて、OKなんだ!
って自分で言えるようになることをやっていくわけです。

たとえ、目標が、収益だろうが、自分を変えることだろうが、仕事や対人関係の結果だろうが。
裏テーマは、自分が好き、他人は信頼できる、貢献できるを育んでいくことなんじゃないかな〜と思ったわけです。

コーチの物差しで、良い悪いを言いませんから、クライアントは自分で自分を認められるようになっていくわけです。

改めて、コーチングで、目的、目標に向かうことを通して、

  • 自分が好き
  • 人は信頼できる
  • 貢献できる

を育んで行きたいと決意を新たにした次第です。

 

最後まで読んで頂きありがとうございます。
というわけで、目標達成を通して、中毒性なく、自分が好きになるコーチングをやっております。中毒性ないって…(笑)

何かと依存してしまう、自分の評価を他人に求めてしまう。そんな方、一緒に自分で自分を認められる、良いも悪いも受け入れられる自分になるお手伝いをしますよ!
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