涙が止まりませんでした

私、自分を楽ちんにするのが、下手くそです。
結構お気楽に生きているようにも見えるのですが、自分を楽ちんにすることが、なんと下手くそなことか。

そのくせ、人に負担がかからないようにすることは、結構考えたりします。

あ、ちなみにここで言いたいのは、私「人に気を遣える人間です」みたいなことではないですよ。(笑)

実は5月以降に、とある方を仙台にお招きしてのセミナーを検討しているのですが、(こちらは、もう少し決まってから告知しますね。)そこのやり取りで、自分がいかに「自分」を楽ちんにしていなかったかを気がついてしまったわけです。

で、その方が自分にも配慮してくれている感覚を感じたら、もうメッセージを読んでいて、自然に涙が溢れてくるわけです。
自分で、自分を楽ちんにしてあげていないのに、この人はものすごく私を楽ちんにすることを考えている。それでいて、その人に負担にならないようにもしている。

パって泣いて、はいおしまい!って感じでもなく、後から後から、ジワジワ、ジワジワ泣けてくるんです。
もう「あれっ?あれっ?」って感じです。

四十路の男、朝から子供の前でポロポロ泣いちゃいました(笑)

友人やクライアントさんとのやり取りで、ジワジワくるとか、涙が止まらないと言われたことはあったのですが、実体験したのは初めてだったので、
「ああこういうことか・・・」
と感じたわけです。

そんな経緯をちょっとお話したいと思います。

他人の楽ちんは一生懸命考えていた私

昔から、他人が、自分のために負担感をもって何かやることがものすごく嫌いでした。
今にして思うと、自分に自己犠牲を強いていたから、他の人に同じ思いをしてほしくないと思っていたのかもしれません。

それは、家庭でも、職場でも、友人間でも。
で、その帳尻合わせを自分の負担で埋め合わせていました。

「自分が頑張れやいいや」って。

帳尻合わせの自己負担は、たまりにたまると、どこかで爆発する。
変な形で、何も受け付けられなくなる。受け付けられなくなると人を遠ざけていました。

昔、職場でリーダー的なことをやっている時、他部署の負担感を減らすと、自部署の負担が増えることに気づきました。
自部署の仲間や部下たちが、「それは自分たちの負担が増える!」と訴えて来ました。
自部署の仲間や、部下たちは自分と同じ感覚だろうと勝手に錯覚していたので、「いやいや、そこはかぶろうよ」とも思っていましたが、仲間や部下たちの負担感もやはり見ていることが耐えられなくて、お互いが楽ちんになる方法を考えるようになりました。いわゆるWin-Winというやつです。

他部署も負担感がない。自部署も負担感がない。

そんな考え方ができるようになりました。
でも実はこの自部署の中に、「私」は含まれていなかったのです。今思うと。
だから、他部署はWin、自部署もWin、他の人もWin。でも自分だけ「lose」になっていたのです。

誰かが楽ちんと、自分が楽ちんは同時にできないと思っていた

そんなバランスに耐えられなくなると、かならず爆発していました。
もちろん人に当たることもできずに、人を避けて一人充電していました。

よくよく考えてみると、自分が楽ちんになることは「いけないこと」と思っていました。

なぜかって?

誰かが楽ちんになると、その分誰かが楽ちんじゃなくなる。
どうせなら、その役は自分が引き受けようって思っていたからです。

自部署と、他部署の楽ちんを、同時に実現することは考えられるのに、そのやり方は自分に使っていなかったのです。

だから、自分が楽ちんになるのは、よくないって思っていたんです。

誰かが”楽ちん”、自分も”楽ちん”でもいい

ところが、今回5月にお招きしようとしている方とのやり取りで、こんなことがありました。
(以下、ご本人の了承の上、抜粋掲載しています。)

ー中略ー


(あっ、誰呼ぶかバレてしまった(汗)…ソリューションフォーカスのスペシャリスト西田博明さんです。)

で、この後に、負担がない方法を、こんなのいかが?という提案を頂いたのですが、
自分の負担に配慮してもらえたことが、もう嬉しくて、嬉しくて。

嬉しいというよりも、自分の中でずっと、押し込めていた「自分が負担をかぶればいいや」っていう
押し込められていた自分が、ねぎらってもらえた、スポットライトをあててもらえた感があったわけです。
初めて優しくされた感じ。

それでいて、提案して下さった方(西田さん)の負担感が少ない。

それがわかった瞬間に、もう涙が勝手に、ポロポロ、ポロポロ出てきて止まらなくなったのです。

「そうか」って。

自分が楽ちんを徹底的に無視し続けていたんだって。
そして、相手も負担を感じていない、自分の負担感も配慮してくれる。もう理想形でした。
双方の負担感がないのは、こんなに素晴らしいのかと。

私は勘違いしていました。
負担感は減らせないもの、負担感一定の法則でもあるかのように思っていました。
自部署、他部署の負担感を減らして、Win-Winにしているようだったけど、その実、負担感一定の法則はあると思って、自分でかってに背負っていたんです。
ところが、負担感一定の法則は、誤った法則であることが証明されたわけです。
自分の理屈が間違っているってわかってこんなに清々しいことも珍しいです。

しばらくは、この自分も楽ちんで、みんなも楽ちんになる方法を考えながら、生活してみたいと思います。

最後まで読んで頂きありがとうございます。
というわけで、コーチングやソリューションフォーカスアプローチを通して
みんなにも自分にも負担感がない方法を一緒に考えてみませんか?

3/15 20時〜、(お陰様で埋まりました)
3/17 9時〜、13時〜 16時〜

体験セッションを募集しています。この機会にお試しあれ!

やってみたい!という方はこちらからご連絡くださいね!
あなたの未来の価値を一緒につくります。

※コーチングって何だろう?と言う方はこちらも御覧ください。

 


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