「好きにしないさい!」とか「勝手にしなさい!」っていっちゃうもんですが…

子どもが、自分のやりたいこと、思惑と違うことで、駄々をこねたりする時、もう面倒くさくなって「好きにしなさい!」「勝手にしないさい!」と、言ってしまう瞬間があります。まぁ私も時々やります。で、この発言をする時、大体子どもは困った顔をして、もっと駄々をこねだすか、不承不承言うことを聞いたりするケースが多いような気がします。

このコミュニケーションのとり方、私はあまりおすすめできないなぁと思っています。

だって、これ言う側の親にも、矛盾があるし、子どももその矛盾を感じ取るから、まぁよいことは起きる気がしないわけです。
(ま、私も親側の立場にいますし、やったらやったで仕方ないし、そう言いたくなる気持ちもよく分かるから、まったくもって責めるつもりもございません。)
ただ、この時にどんなことが、起きているかをまずは知っていただいて、その上でどうしたいかなぁ?って感じてもらえると嬉しいです。

ちょっとうん蓄。ベイトソンのダブルバインド

ベイトソンの否定的ダブルバインドというのがあります。

否定的ダブルバインド

・2人以上の人間の間で
・繰り返し経験され
・最初に否定的な命令=メッセージが出され
・次にそれとは矛盾する第二の否定的な命令=メタメッセージが、異なる水準で出される
・そして第三の命令はその矛盾する事態から逃げ出してはならないというものであり
ついにこのような矛盾した形世界が成立しているとして全体をみるようになる
(Wikipediaより)

このダブルバインドが統合神経失調症の原因にもなると言われています。(直接の因果関係は現在ではそれが全てではないとの説ですが)
実際動物を使った実験で、このような状況を創り出すと、神経症的な症状を見せるようです。

まさにこれ、
・親と子で
・「やってはいけない」と否定しておきながら
・「好きにしなさい」「勝手にしないさい」といっておいて、非言語では「やってはいけない」のメッセージを強く出しながら
・判断を迫る(逃げ出せない)

状況なので、これが繰り返されると、子どもはダブルバインドに苦しむわけです。

さらにうん蓄。メラビアンの法則

それからもう一つ。メラビアンの法則というのがあります。

メラビアンの法則

感情や態度について矛盾したメッセージが発せられたときの人の受けとめ方について、人の行動が他人にどのように影響を及ぼすかというと、話の内容などの言語情報が7%、口調や話の早さなどの聴覚情報が38%、見た目などの視覚情報が55%の割合であった。
(Wikipediaより)

ま、メラビアンの法則というと、第一印象は言葉より、声や見た目ですよみたいなことを言われますが、第一印象とかの話よりも、言葉自体の7%より、声のトーンや言い方、顔の表情など、その人の心がよく現れる部分の情報から、人は相手のメッセージを判断していると考えられます。

だから、「好きにしないさい」と言っておきながら、「やめなさい」の心のままだと、声のトーン、言い方、表情などは「やめなさい」を如実に表しているわけです。
そして、本心の「やめなさい」を受け取るわけです。

「好きにしなさい」のどこを受け取るか

ベイトソンのダブルバインドの話とメラビアンの法則を組み合わせて考えると、メッセージ(言語)とメタメッセージ(非言語)が矛盾しているからというよりは、「好きにしなさい」と言った時のメタメッセージの方が多く伝わるから、子どもとしては、好きにしちゃいけないんだ・・・って思うのでしょう。

そうすると、こども自身は「やりたい」「好きにしたい」という気持ちと、親の「やめなさい」の矛盾と向き合うことになるわけです。
好きにすると、親の意向に背くし、やらないと、自分の気持に背く。もうどっちに進んでも辛い選択です。ほぼ選択肢がないに等しい。親のコミュニケーションどうこうはさておき、単純に子どもにとってつらい状況が起きていることはわかります。(個人的にはこっちの部分が、ベイトソンのダブルバインドの本質な気がしています。)

一方で、親も親で、つらい状況に変わりはなく、本当はやめてほしい。でも、強制はしたくない心理も見え隠れしたり、面倒だったりで、言葉では「好きにしてよい」と言っている。しかし、本当に好きにされたら腹が立つ。まぁ矛盾をはらんでいてこちらとて、辛いわけです。

選択の自由を保証する

こんな状況下ではどうすればよいのか?
こちらには肯定的ダブルバインドというのがあります。どちらを選んでもよい相手側がよい状況になるというやつです。
ま、ちょっと難しいし私も理解していないので、細かい部分は割愛しますが、ミルトン・エリクソンの話に、子供の頃、クビを引っ張っても牛舎に入らない牛を、反対に尻尾を牛舎と反対側に引っ張って、嫌がる牛を牛舎に入れたという話があります。
牛の従いたくないという気持ちをうまく使って、人間の利益と合致させた例です。

おんなじようなエピソードで、子どもにホウレンソウを食べさせるエピソードもあります。
これは、子どもが、僕はホウレンソウを食べたくないと言っているのに対して、「君は小さいから食べられないね」と言って、少ししかあげない。そうすると、「僕はそんな小さいわけじゃない!」という反骨心に火がついて、ぺろりと平らげるというのが趣旨です。
ま、いずれの場合も、それぞれの行動する人(牛)の特性ややりたいこと/やりたくないことにフォーカスして、それを使いながら、行動を促す側の利益と合致させるという方法です。

ただ、あんまりやりすぎると、ちょっと行動を誘導しているよう(操作的)で私としては気持ちが悪いです。
(ま、やってみると面白いです。実験してみてくださいね。)

だから、もう少しやり方をソフトにしています。

  • やっても/やらなくてもよいと行動の自由を保証する(言語でも/非言語でも)
  • やると/やめると起きることを説明する

例えば、食事の例でいくと、

  • 「ホウレンソウを食べても食べなくてもよい」
  • 食べると親が助かる(貢献)or 子どもの体が強くなる(成長/成果)等※ホウレンソウの場合は食べたからって親が助かることも無いかもしれませんが…

となります。
もちろん、「自由を保証している」わけですから、食べなかったとしても目くじらを立てないようにしています。

ま、これでも大抵は食べたりします。
それと同時に、子どもがどっちを選んでもよいということを学ぶわけですね。

いつも使っている「好きにしなさい」という否定的ダブルバインドとは一線を画す、コミュニケーションのとり方です。

自分が「好きにしなさい」「勝手にしなさい」と嫌な顔をしながら、やっていると気づいたら、こんなやり方も面白いかも。

お子さんとよいコミュニケーションが取れるとよいですね。

最後まで読んで頂きありがとうございます。
子供とのやり取りで、思うようにいかずイライラしたり、落ち込んでいるお母さんのコーチングもしています!
牛の尻尾を引っ張って小屋に入れるように、おもしろおかしく実験検証してみませんか?これはこれで結構楽しいですよ。

 

〜どうせ無理・きっと無理を可能にする〜
逆転劇専門のコーチングをやってます。

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