こんなコーチになりたい

青空ビール片手に
夏の熱い日差しの昼下がり、とある邸宅の庭に私はいた。
まわりは、BBQを食べながら、ビールを飲み、談笑している輪がいくつもある。
人数にして15人〜20人くらいだろうか。
当たりは肉の焼けるにおいと、弾む会話にあふれていた。

よく見れば、インターネットやテレビでよく見かける顔もある。
実業家と思しき人もいれば、体つきのよい浅黒く日焼けした人もいる。
スポーツ選手か何かだろうか。
そうかと思うと、二十歳になったか、ならないかのような、
あどけなさの残る青年もいる。
いったい、この人達は何のつながりがあるのだろう。
ただ、一様に目を輝かせながら、それぞれが思い思いのことを喋っている。
私はなんとなく肩身の狭いような居づらさを覚えながら、
談笑の輪から離れ、椅子に腰掛けてビールを飲んでいた。

先週末、終電間近まで残業していた。
仕事が山積していたのもあるが、新規のプロジェクトが思うように運ばず
上司からも、他部署からも、

「あれは、どうなった?」

「これは、どうなった?」

とせっつかれていた。
私は、当初はプロジェクトに魅力を感じ、自分がこの商品を世間に知らしめてやるんだと
息巻いていた。
しかし、流石に新しいコンセプトの商品というのは、世間の認知度もなく、すぐに売れる
ものでもない。
テストマーケティングをしていてもモニターの「何ですか、これは?」という反応に会う
たびに、私のやる気は少しずつ削られていった。
新商品はまだ、一つも売れておらず、打つ手、打つ手ことごとく結果がでない。
「新商品は結果が出るまで、継続していくしかない」と言って励ましてくれていた上司も、
モチベーションを削られパフォーマンスを落としている自分を見かねて、「どうなった?」
と声をかけてくることが多くなった。
その言葉が、できていない自分を、さらにダメなように感じさせ、ますますパフォーマンス
が落ちる。
今では、上司の気遣いすら疎ましく感じている。
そして、夜遅くまで残って、他部署からせっつかれたメールをどうかわそうかと格闘してい
た。たった一通のメールを書くのに、もう一時間以上かかっている。
こんなことをしていても、新商品は一つも売れないのに・・・。

本当は私には、新商品を売る実力も、才能も無いのではないか。

メールを何度も手直ししている最中に何度もそんな言葉が頭の中を駆け巡る。

そんなことを考えている時に、ふと同期の友人から声をかけられた。

「こんなに遅くまで残って、どうしたんだ?何かあったか?」
「新商品の立ち上げで、他部署からクレームもらっちゃって・・・」

そこから先の言葉を飲み込んだ。今の彼には俺の気持ちなんかわかりはしない、
彼に言っても自分がみじめになるだけだ。
そう思ったら言葉続かなかった。

時々飲みに行き、うまく行かない現状に、お互い愚痴を吐き出しつつ、
それでも青臭い理想などを語り合っていた仲だった。

つい2年前くらいまでは、私と同程度の実力だったはずだった。

だが、最近はメキメキと頭角を表し、販促プロジェクトをいくつも成功させている。
今では部署内ではエースと目されていた。
そのころからだんだん彼との距離を感じ始め、少しずつ飲みにいく機会も減っていた。

そんな自分の思いを察してか、彼は宙ぶらりんの返事には何も言わなかった。
その代わり、こんなことを言った。

「今度、面白い会合があるんだ、是非お前にもきてほしいから、来週末絶対あけておけよ!
じゃあな!お疲れ」

そう言って、私の肩をポンッと叩くと答えも聞かずに、彼は帰っていった。

強引な…。
プロジェクトがうまく行っていないのに、そんな会合なんかに出ている時間なんかあるか!

それが、先週の話である。

しかし、私は「そんな会合に行ってられるか!」と思った会合に出ていた。
新規プロジェクトのことが気になりつつも、心のどこかで最近変わった友人の何かを探りた
かったのかも知れない。そして、新規プロジェクトのどん詰まりの打開のヒントになれば、
そう思っていたのかも知れない。
だが、目論見違いだったのかも知れない。

目を輝かせた連中ばかりが、談笑している。自分の居場所などどこにもない。

うまく行った奴らの話は、たいてい目標をもって継続していったら達成できたというような話だ。
自分はその継続ができないから、困っているのだ。
ビールを一口啜った。泡は消えぬるくなり、口の中に嫌な苦味だけが残った。

友人がBBQの肉と野菜を取り分けたものを進めに近寄ってきた。

「楽しめているか?」

「楽しめるわけないだろう。新規プロジェクトが気になっている。
それに周りの奴らはみんな生き生きとしている。なんだか自分だけ場違いな感じだ。
テレビで見たことあるような人もいるし、成功者みたいな人もいる。
そうかと思うと全く接点のなさそうな、連中もいる。
ただ一様にみんないきいきしている。いったいこの会合は何なんだい?
新手の異業種交流会かなんかか?」

「この会か?そうだな、御大を囲む会だな。」

「御大?誰か高名な先生でもいらっしゃるのかい?これからご高説でも賜われるのかな?
そのために俺を連れてきたのかい?」

「うーん」
友人は自分の嫌味とも皮肉ともつかない言葉にちょっと苦笑いしながらもこう続けた。

「あそこのちょっと離れた日陰に、ビールを持っている老人がいるだろう、彼を囲む会」

「あの、おじいさんを?」

「そう」

「囲む会ったって、さっきから見ていると誰も彼を囲んでいやしないじゃないか?
どちらかといえば、あの著名人や実業家みたいな人の方がよほど中心に見える」

「うーん、そうだな。
彼をちやほやする会というのとはちょっと違うかな。
ただ、ここにいる人たちはみんな彼と関わって、より成長した人たちばかりなんだ。
だから、共通点をあげれば、彼を知っているということくらいかな。
だけど、彼には感謝はもちろんしている。
けれども、それで上下の関係にあるわけでもない。
うまく説明できないけれどそんな感じだ」

「でいったい、あの老人はなにものなんだい?」

「んー、説明するのは難しいな・・・。お前も体験してみるがいいさ。話してこいよ」

「ああ、気が向いたらそうするよ」

彼は、また談笑の輪に戻っていった。
気が向いたらそうすると言ったものの、話しかける気は全く起きなかった。

相変わらず、場違いな感覚は続いている。
ただ、彼が言った、”体験”という言葉が妙に引っかかっていた。

何が体験なんだ?
会話なら、体験とはいわない。
一体なんなんだ?

私はその老人が気になり始めていた。
少し離れた木陰でリラックスしながら、談笑の輪を眺めている。
私と同じように場違い感を感じて距離をとっているのかと思ったが
ニコニコと笑みを浮かべながら談笑の輪を見ている姿からは、居づらさは微塵も
感じられなかった。
だからと言って、熱い会話をしている、輪の中の連中とはテンションが明らかに
違っていた。
あまりにも脱力したその姿に、最初はボケ老人かとすら思った。
だが、体にはピッと一本の線が通っているようでもあり、また笑みも老人の弱々しさ
は感じられなかった。

そう彼からかんじる空気は平穏。自然。
まるで、庭のオブジェのように
あまりにも自然に
この空気に馴染んでいた。

ふと、老人に歩み寄っていく人がいた。
さっきの実業家っぽい人だ。
心なしか肩に力がない。
こちら向きに座った時の表情は先ほどまでの
自信にみちたそれとは少し違っていた。

彼は老人の横に座ると、何かを話始めた。
老人は相変わらず、オブジェのように静かにニコニコと笑みを浮かべている。
会話というよりは実業家が一方的に喋っているようだった。

そうかと思うと、ふたりともだまりこくったまま数分が過ぎることもあった。
時間にして、十数分だろうか。実業家はふいに、椅子から立ち上がり、
老人に頭を下げて輪の中に戻っていった。
面白いことに、彼の足取りはとても軽やかに感じられ、表情も先ほどまでの
ギラギラした自信というよりは、”自然なしなやかさ”が感じられる表情に
変わっていた。
私は彼の変化に驚いていた。

何が起こった?

しばらくして、また一人、老人に向かっていくものがいた。
そして彼も数分後には、明るい表情に変わって輪の中に戻っていく。
よく見ると、たまに老人に訪れていくものがいる。
だが一様に彼らが席をたつときには、軽やかに少年のような楽しそうな
顔になって去っていく。
しかしよく観察していると、老人が何か、言葉をかけているようには見えなかった。

いったい何が起きているのか?

いつしか、私は老人との会話の中で起きている何かに惹かれはじめていた。

 

私の視線にきがついたからなのか、老人と目があった。
軽く頭をさげたが、老人は変わらない笑みでこちらを見ていた。
そして、その目が
「こちらにおかけなさい」
と言っているように思えた。
その時の私は間違いなくそう確信していた。
私は、誘われるように、老人の椅子を目指していた。
私は老人と何の会話をしようとしている?
当たり障りのない、世間話か?
友人に紹介されたことか?
それとも、老人が何者なのか?
やはり、一番聞きたい、さっきまでの人たちとの会話はどんな話だったのかということか?
私の友人はあなたと話して何が変わったのか?ということか。。。
椅子に座ってからも、しばらく、そんなことを考えていた。
そして、横に老人がいることなどすっかりわすれていた。

ふと老人の視線に気がついて、顔を横に向けた。

すると老人は、私の背中の当たりに目をやり、
私がまるで、重い荷物を背負っているかのように、
いたわった声で一言こういった。

「何があったんだい」

そう言われて私は、会社での新規プロジェクトが思うように運んでいないことを
思い浮かべていた。
打つ手打つ手、結果がでず、上司や他部署からせっつかれ、後輩にも不安がられ
私自身の無力感と、とても実現できないだろうというあきらめ、暗い気持ちを
思い返していた。

聞かれたから答えなければならないと思った。
だが、この老人にそれを話すのか?
初対面で、しかも私の仕事の事情がわからない人に言ってどうなる。

ふと老人に目線を返した。
だが、かれは笑みをたたえたまま、ただ待っていた。

別に答えなくてもよいと言っているように思えた。
そして、なぜだが、この人なら何を言っても肯定してくれそうな気がした。
自分が幼かった頃の母親のような温かさを感じた。

老人は相変わらず私をいたわるような目をしつつも
笑みをたたえていた。

何を言ってもよいと思えると
彼の「何があったんだい」という問いかけが再び頭の中で響いた。

そして、気が付くと、
自分は新規プロジェクトでの自分の不甲斐なさを棚に上げながら、

せっつくけど助けてくれない上司、
受け身な割にクレームを言う他部署、
まったく戦力にならないくせに不安がる後輩

の悪口をひたすら心のなかで言っていた。
まるで呪いの言葉のように、心の中で叫んでいた。

その間、老人は私が想像している世界に視線を向けていることに気がついた。
だが、その視線はとても柔らかく、
呪いの言葉を言い続けている私すらも肯定してくれているように
感じられた。

時間にしてどれくらいたっただろう。
3分?10分?、もっと長かったかもしれない。
職場に悪態をつく自分の傍らで、冷静に見ている自分がいることに気がついた。
私は悪態をつきたいのか?
そんなに悪態をついてどうしたいんだ?

そんな心の声がまるで聞こえているかのうように
老人はそっと声をかけてきた。

「本当はどうしたかったんだい?」

本当はどうしたかったんだ?
どうしてほしかったんだ?
周りに何をしてほしかったんだ?

冷静な私はそう問いかけ続けた。

気が付くと、悪態をつき続けていた私がふと我にかえり
何をしてほしかったんだっけ?と考えはじめていた。

相変わらず老人は、柔らかく温かい目で見ている。
横目でちらりと伺えるのだが、意識はあまり老人のことは気にしていなかった。

悪態をつき続けていた心の中の私は、ぽつりぽつりと心の中で話し始めた。

自分は新規プロジェクトの立ち上げ、特にあたらしいコンセプトの商品をうることに
苦戦し続けている、結果もでない。
とてもつらい状況で心もおれそうだ。
とても大変な思いもしている、それにも関わらず周りは私のことを理解してくれない。
助けてくれない。
でもこの商品を絶対売りたい、世間にこの商品の素晴らしさを伝えたい。

そうか、私は上司や他部署に、自分のつらい状況を理解してほしかったんだ。
そして、わかってもらった上で、助けてほしかったんだ。
一緒に考えてほしかったんだ。
そして、いっしょに商品のすばらしさを世間の人に伝えたかったんだ。

えっ?これが私の本音なのか?
私のつらい状況を理解してほしい?
助けてほしい?
いっしょに世間に商品の良さを伝えたい?

そんなことなのか?
でも、理解してほしいったって、報告がきちんとできていないし、
私の思いだって伝えていない。
周りの人は、理解のしようもない。
理解できなければ助けられるものも助けられない。

そうか、ならまずは、きちんと状況や自分の思いをみんなに説明すればいいんだ。
月曜会社に行ったら、まずは上司に話してみよう。
そして、協力を仰ごう。
ここまで、考えてふと、老人の方に目を向けた。

彼は、私の心の中の声が聞こえているかのように
うん、うん、そうだ、そうだ
と笑みを大きくして頷いていた。

とても温かい気持ちになるとともに、やれそうな気力が湧いてきた。
だがそれと同時にこんな考えも浮かんできた。

なんだこりゃ?
今まで1ヶ月以上も悩んでいたことが、こんなにいとも簡単に
整理されるのか?いったいこれはなんなんだ。

私は、ふと足元に目をやった。
きっと、今立ち上がったら、私も他の人と同じように軽やかな足取りに
なっているに違いない。
そして、顔に手をやった。
鏡を見れば、私が遠巻きに見ていた彼らと同じ、
表情の変化を起こしているに違いない。

きっと老人のもとを訪れた彼らも
私と同じように心の中に色々な葛藤を抱えていたに違いない。
そして、老人と向き合うことで

いや、自分と向き合っていたのか、、、

自分と向き合うことで、気が付いたに違いない。

月曜を心待ちにしている私が心の中にいることを感じていた。
早く上司に話したい、行動をしたい。

BBQを囲みながら談笑する輪に目をやった。
老人も同じ方に目を向けた。

きっと今談笑している彼らも、気がついて行動して
こんなことを繰り返して、ちょっとずつ、
変化していったのかもしれない。

彼らの成長のプロセスには、きっとこんなことが
数限りなく繰り返されたに違いない。

だが、私は本当に彼らのように変われるのだろうか?
ふと、自信のない私がむくむくと首をもたげてきた。

そして、思わず老人にたずねていた。

「私も、かれらのようになれるでしょうか?」

何を聞いているんだ私は?

老人は私の心の中の声が聞こえているはずもない。
だから、私の心の変化などわかろうはずもない。
だからこんな唐突な質問をしてもわかるはずもない。
それなのに、すべてわかってくれていると思って
思わず言ってしまった。
軽く後悔していた。
だが、老人は間髪入れずに確信に満ちた声でこう返した。

「できるとも」

自信のない私はなおも取りすがる。
「なんでわかるんですか?今日はじめてあったばかりなのに・・・」

「あなたならできると信じているから。」
そんなもろてを挙げて、無条件に信じてるって・・・

この一ヶ月以上、私は自分でも自分のことが信じられなかったのだ。
そして、上司や他部署、後輩もきっと信じていなかったに違いない。
それなのに、この人は信じてくれている。

微塵の疑いもなく、信じている。

声のトーンや表情からは、嘘やお世辞であることは全く感じられなかった。

この人は、本当に100%私を信じてくれている…
視界が滲むのがわかった。
だが、我慢はしなかった。
頬を伝う涙をそのままにした。
決して嫌な感じはしなかった。
きっと、この老人は大人の涙すら肯定してくれるに違いない。

鼻をすすりながら、BBQの輪を眺めていた。
もう少し、この柔らかく心地よい空気にひたっていようと思った。